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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)8908号 判決

原告

有田永台こと金永台

被告

能登隆・大阪市

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三九四万四〇二〇円及びこれに対する平成四年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金一八一八万〇六九九円及びこれに対する平成四年五月八日(不法行為日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大阪市営バスに乗車していた原告が、運転手被告能登隆(以下「被告能登」という。)の急停車措置により車内の鉄製パイプに後頭部を強打するなどして傷害を負つたと主張し、右被告能登に対しては民法七〇九条に基づき、右バスの保有者であり、かつ被告能登の使用者でもある被告大阪市に対しては自賠法三条、民法七一五条に基づき、それぞれ損害賠償請求(ただし、内金請求)した事案である。

一  争いのない事実

交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一)  日時など 平成四年五月七日午後零時二〇分ころ(天候雨)

(二)  場所 大阪市此花区春日出北一丁目一番一号先路上

(三)  加害車両 被告能登運転の大型乗用自動車(大阪二二あ四九〇一号・いわゆる市営バスであり、以下「被告車」という。)

(四)  事故態様 被告能登が、先行のタクシーが急停車したことから被告車を急停車させたため、同車内の乗客らが転倒した。

二  争点

1  被告能登の過失の有無

(一) 原告の主張

本件事故当時は雨が降り路面が濡れ、被告車内は満席で立つていた者もいたから、被告能登は、対面信号に注意し、先行車との車間距離を保持することは勿論、ハンドル、ブレーキを確実に操作し、道路の交通状況に応じ、乗客に危害を及ぼさない速度と方法で運転しなければならない義務があるのにこれを怠り、先行のタクシーが対面信号が赤色に変わり急停車したことから、同車への追突を避けようとして被告車を急停車させたため、原告を含む車内の乗客らが転倒するなどして傷害を負つたのであつて、被告能登には過失がある。

(二) 被告らの主張

被告能登は、先行のタクシーに続き、本件事故現場東側の交差点である梅香交差点(以下「本件交差点」という。)を通過しようとしたところ、対面信号が青色から黄色に変わつたとき、そのまま通過すると見えたタクシーが急停車したので、同車への追突を避けるため、やむを得ず急停車したのである。ところで、公共交通機関である市営バスは安価かつ大量輸送手段であり、その性質と構造上などの制約から、全ての乗客に座席を確保することはできず、乗客が多いときは立つ乗客がでるのは避け難く、また、現下の交通事情からすると、安全のため急停車せざるを得ない場合が間々あり、急停車の性質上、直前に乗客に急停車を予告したりできないのであるから、急停車事故の安全確保の注意義務は乗客にあるというべきである。また、市内の交通事情においては十分な車間距離をとると他車が侵入し、安全な車間距離の確保は不可能である。よつて、被告能登に過失はない。

2  原告の受傷及び後遺傷害の有無、本件事故との因果関係など

(一) 原告の主張

原告は、被告車内の手摺りを持つて立つていたところ、急停車の衝撃により、車内運転席付近まで飛ばされて同運転席後ろに設置された鉄製パイプに後頭部辺りを強打するなどし、頭部外傷Ⅰ型、頭部打撲、頸椎捻挫、腰部捻挫、陳旧性腰椎圧迫骨折などの傷害を負つたところ、自律神経障害による腰痛、頭痛、顔面頭部の痺れ、激しい発汗(症状固定日平成五年六月三〇日)、中枢性障害による目眩症、耳鳴症(症状固定日平成六年一二月五日)などの後遺障害が残り、これは、自賠法施行令第二条別表の後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)の一四級一〇号に該当する。

(二) 被告らの主張

本件事故により、原告が受傷した事実はなく、原告の主張は虚偽である。仮に原告が受傷した事実が存したとしても、原告主張の後遺障害は、本件事故前の労働災害事故(以下「労災事故」という。)によるものか、あるいは、本件事故の治療段階で既に消失しているものである。原告は、労災事故により多額の補償を受けており、他に全労災の交通災害共済にも加入しているなど、症状が継続すれば多額の補償を受けることができる経済的状態にあることから、依然として後遺障害を訴え続けているのである。

3  損害(過失相殺の可否を含む。)

過失相殺に関する被告らの主張

本件は、原告が吊革などにつかまつて安全を図らなかつたことが原因であるから、少なくとも七〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告能登の過失の有無)について

1  前記争いのない事実などと証拠(甲一、一六、二二の1、2、乙二四、原告本人、被告能登本人、弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。

被告能登は、小雨の降る中、時速約三五ないし四〇キロメートルの速度で被告車を運転し、本件交差点を東進しようとしていたところ(本件交差点西側の本件事故現場の概況は別紙交通事故現場見取図のとおりであり、以下、この見取図を単に「図面」という。)、同交差点手前の停止線から約一二・八メートル西側の図面〈1〉において前方の信号が黄色に変わるのを見たが、同地点で急停車することは乗客らが転倒して危険であること、急停車措置でない停車方法であれば右停止線を越えてしまうこと、被告車の前方約一〇メートルの地点を走行中のタクシーがすでに右停止線を超えており、そのまま同交差点を直進すると考えたことから、タクシーに続いて同交差点を直進しようとしたところ、図面〈2〉において、タクシーが図面〈B〉で急停車したことから、同車への追突を避けるため急ブレーキをかけ、図面〈3〉に被告車を急停車させた。

本件事故当時、被告車内の座席は満席で、十数名の乗客が立つていたが、右急停車の衝撃により、運転席付近に立つていた年輩女性(当時七二歳)が車内前方の乗降口に倒れ込んで怪我をしたほか、車内中程に立つていた女性(当時六〇歳)や原告と一緒に被告車に乗車した原告の友人(当時五六歳の男性)も転倒するなどして怪我をした(なお、右衝撃により、原告が受傷したか否かについては後述する。)。

2  以上の認定事実によれば、被告能登は、図面〈1〉の地点で前方の信号が黄色に変わるのを見たのであるから、本件交差点をそのまま直進しようとすれば、交通状況によつては同交差点を直進できずに急ブレーキをかけざるを得なくなり、そうすれば、被告車内に立つていた乗客が転倒するなどして怪我をすることも十分予想されたから、前記停止線を越えることになつても、乗客に危害を及ぼさないような方法で停車措置をとるべきであつたのにこれを怠り、先行車に続いて同交差点を直進できると軽信し、そのまま同交差点を直進したため、急ブレーキをかけざるを得なくなつたものであつて、被告能登には過失があると言わざるを得ない(したがつて、被告能登は民法七〇九条、被告大阪市は自賠法三条に基づき、後記損害につき各賠償責任を負う。)。

二  争点2(原告の受傷及び後遺障害の有無、本原事故との因果関係など)について

1  原告は、本件事故により、車内運転席後ろに設置されている鉄製パイプに後頭部辺りを強打するなどして受傷した旨主張し、右主張に沿う証拠としては、甲二二の1、2(原告の陳述書など)及び原告本人の供述があるところ、その内容は、大要、次のとおりである。

原告は、帰宅するため、友人と共に被告車に乗車したが、車内の座席が満席だつたこともあつて、車内左側中程の座席の手摺りを持つて立つていたところ、前記急停車の衝撃により、手摺りから手が離れて、後ろ向きになつて運転席付近まで飛ばされ、同運転席後部に設置された鉄製パイプに後頭部辺りを強打し、その反動で頭が前に曲がつて頸部に激しい痛みが走り、そのまま運転席付近に倒れていた人の上に倒れ、しばらく意識が不明となつたが、他の乗客らに車外に運ばれて後、意識を取り戻した。

右供述内容(甲二二の1、2の記載内容を含む。)は、具体的で格別不自然、不合理な点がないだけでなく、本件事故発生日に作成された実況見分調書(甲一六)添付の「転倒位置」と題する図面によつても一部裏付けられていると認められるのであるから、右供述内容は信用できるというべきである。

被告能登本人は、原告本人の右供述内容に反する供述(乙二四の同被告作成の陳述書も同内容である。)をするけれども、右供述内容(乙二四の記載内容を含む。)は原告の右供述内容と対比して採用することができない。

2(一)  そこで、さらに検討するに、証拠(甲二、四ないし一一、一七の2、一八ないし二〇、二二の1、乙七の1ないし6、八、九、一七の1ないし4、一九、二〇、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、本件事故後の原告の症状の内容、治療状況などについて、次の事実が認められる。

(1) 原告の入通院状況

〈1〉 平成四年五月七日(本件事故日)、翌八日、大阪暁明館病院通院

〈2〉 同年五月九日から同五年六月三〇日まで、松井クリニツク(旧名松井外科病院)通院(実通院日数二六九日)

〈3〉 同四年六月八日から同六年一二月五日まで、大阪厚生年金病院通院(実通院日数九四日)

〈4〉 同四年一〇月一〇日から同年一一月一七日まで(三九日)、畷生会脳神経外科病院入院、同年一一月一九日、同病院通院

(2) 原告の症状内容、治療状況など

原告(昭和一二年四月四日生・本件事故当時五五歳)は、本件事故日である平成四年五月七日、大阪暁明館病院において、頭部打撲、頸椎捻挫、腰椎打撲と診断され、消炎鎮痛剤を投与されるなどの治療を受け、その後、松井クリニツクへ転院して治療を受けた。

原告は、本件事故当初から、頭部痛、頸部痛、腰部痛、両耳の耳鳴り、目眩などの症状を訴え、担当医は、頸部にカラーを装着し、ミルタツクス(湿布薬)を処方するなどして治療にあたつた。また、頸部X線検査により、骨棘形成を伴う第六、七頸椎椎間間隔狭小化が認められ(もつとも、乙二一によれば、これは本件事故前からあつたことが認められる。)、ジヤクソンテストが陽性であつた。

原告は、同年六月八日、大阪厚生年金病院においても治療を開始し、主として、難聴、耳鳴り、目眩などの症状について診察を受けたところ、神経性難聴、耳鳴症、目眩症と診断され、聴力検査において、左耳に右耳と比較して五ないし一〇デシベルの難聴が認められた。担当医は、耳鳴りは交通事故によるものと思うが、原告が騒音下就業の経験があることから、これによる可能性もあるとの所見を示した。

原告は、同年六月末ころから、目眩の増強、顔面左半分の感覚麻痺も訴えるほか、顔面左側の発汗異常が認められるようになり、その後も、従前と同様の症状を訴え、同年一〇月一〇日から翌一一月一七日まで畷生会脳神経外科病院にも入院して治療を受けたが、症状は改善せず、その後も、松井クリニツクの担当医が理学療法などの治療を続け、大阪厚生年金病院の担当医が投薬などによる治療を続けたものの、症状が改善されるには至らなかつた(なお、大阪厚生年金病院脳外科による脳CT検査、脳波検査では異常は認められなかつた。)。

平成五年になつても、原告の症状は変わらず、同年六月三〇日、松井クリニツクにおいて、自覚症状として、腰痛、頭痛、顔面頭部左半分の痺れ、異常発汗、目眩、ふらつき、肩痛、耳鳴りがあるが、目眩、ふらつき、耳鳴りなどについては、大阪厚生年金病院耳鼻科にて診療中として、症状固定と診断された。

原告は、その後も大阪厚生年金病院において、投薬、注射による治療を受け続けたが、症状の改善は認められず、平成六年一二月五日、自覚症状として耳鳴症、目眩感があり、他覚的所見として、前庭機能検査において中枢性神経障害が疑われること、聴力検査において右耳よりも左耳の方に神経性難聴が認められることをあげられたうえ、症状固定と診断された。

そして、原告は、現在も、主として頸部痛、肩痛、後頭部痛、耳鳴り、目眩などによる歩行障害などの症状を訴えている。

(二)  次に、鑑定の結果によれば、鑑定人梁瀬義章の原告の症状などに関する意見は次のとおりである。

原告主張どおりの受傷状況があつたと仮定した場合、原告の右症状は、追突事故後によく見られるバレ・リユー症候群の残存であり、本件の場合、右症状の発生については、原告の心因的要因が影響していると思われるものの、発症誘因として事故の関与は否定できない。

(なお、バレ・リユー症候群とは、頸部鞭打ち損傷の後に見られる症状であり、頸部交感神経のうち椎骨神経及び椎骨神経叢は、椎骨動脈に沿つて走るので、椎間孔の狭窄が生じ椎骨動脈や随伴の交感神経が傷害されて生じるとされ、症状としては、頭痛(特に後頭部痛)、頭重、顔面痛、目眩、顔面紅潮、耳鳴り、難聴などを訴える。)。

(三)  以上の認定事実を総合すれば、原告は、本件事故後、頭部痛、頸部痛、腰部痛、両耳の耳鳴り、目眩などの症状を訴えるほか、続いて、顔面左半分の感覚麻痺を訴えたり、顔面左側に発汗異常が認められたりしているが、前記治療経過などに照らせば、これらの症状がいわゆる詐病とまでは認められないこと(特に発汗異常の症状は、作為によつて引き起こすことができない。)、本件事故前から原告が右症状を呈していたとの事情は窺えないことを併せ考えると、原告の右症状は、本件事故を契機として発症したものと認めるのが相当である。そして、右症状は、鑑定人の意見によれば、追突事故後によく見られるバレ・リユー症候群の残存であるというのであつて、原告が主張、供述する前記受傷状況と矛盾しない。

以上によれば、原告は、本件事故により、前記の頸部鞭打ちとなり、右受傷が原因となつて、前記バレ・リユー症候群の後遺障害が残存したことが認められる。

3  なお、原告は、本件事故により腰部捻挫などの傷害を負い、腰痛の後遺障害も残存した旨主張するが、証拠(乙二、三、六、八、二一)によれば、原告は、本件事故当時、労災事故により、腰椎椎間板ヘルニア(特にL2/3の椎間板後方突出が著明である。)の傷害を負い、腰痛、左下肢の痺れなどの症状があつたことが認められ、本件事故により、さらに腰痛などが増強したことを認めるに足りる証拠はないから、腰痛は本件事故によるものとは認められない(なお、同傷害については、同四年九月一〇日、松井クリニツクにおいて、症状固定と診断された。)。

三  争点3(損害)について(原告の主張額は、各項目下括弧内記載のとおりであり、計算額については円未満を切り捨てる。)

1  治療費など(五一万九七七四円) 五一万一七四〇円

前記認定事実によれば、本件事故による原告の傷害がいわゆる症状固定となつたのは、主として目眩、耳鳴りなどの症状につき治療していた大阪厚生年金病院が症状固定と診断した平成六年一二月五日であると認められるところ(なお、前記認定事実によれば、平成五年六月三〇日、松井クリニツクにおいても一度症状固定と診断されているが、右診断は、目眩、耳鳴りなどの症状については留保したものであるから、この時期をもつて症状固定と認めることはできない。)、証拠(甲七、一〇、一一、一七の2、二一)によれば、原告は、右症状固定日までの診療費として、松井クリニツクに対し、一二万三三八〇円、畷生会脳神経外科病院に対し、一九万五四三〇円、大阪厚生年金病院に対し、一九万二九三〇円をそれぞれ支払つたことが認められる。

また、証拠(甲一二、原告本人)によれば、原告は、ステツキ代として、八〇三四円支払つたことが認められるが、前記認定の本件事故による原告の症状の内容、程度などに照らせば、右ステツキ代金を本件事故と相当因果関係のあるものと認めることはできない。

2  入院雑費(五万〇七〇〇円) 五万〇七〇〇円

一日あたり一三〇〇円で、畷生会脳神経外科病院入院の三九日分

3  通院交通費(五二万六一九〇円) 五二万六一九〇円

証拠(甲一三の1ないし9、一四の1ないし3、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、大阪暁明館病院への通院交通費として一五〇〇円、松井クリニツクへの通院交通費として四一万四〇一〇円(実通院日数二六九日のうち、タクシーを利用せざるを得なかつた日が八日あり、その分が二万二五一〇円、タクシーを利用しなかつた日は往復一五〇〇円で二六一日分)、畷生会脳神経外科病院への通院交通費として一六四〇円(往復八二〇円で二日分)、大阪厚生年金病院への通院交通費として一〇万九〇四〇円(往復一一六〇円で九四日分)それぞれ支出したことが認められる。

4  休業損害(一三八一万七二五九円) 六九八万円

原告は、本件事故後平成四年九月一〇日まで、労災事故により、労働者災害補償保険から日額三万九五九一円の休業補償給付を受取つていたところ、本件事故が原因となつて、同年九月一一日から同五年八月二五日までの三四九日間、右給付が中止されていたとして、右日額を基礎とする三四九日分の休業損害を請求するので、この点につき判断するに、証拠(乙一、二、弁論の全趣旨)によれば、原告は、平成三年ころ、株式会社薮谷工務店に型枠大工として勤務しており、当時は、仕事量も多く、残業時間も多かつたため、右日額程度の収入を取得していたことが認められるが、平成四年九月ころも、右程度の収入を取得できたとは必ずしもいえないこと、原告は前記労災事故による腰痛などにより労働能力に多少の影響を受けていると推認されることに照らすと、右日額をそのまま基礎収入として採用できず、せいぜい、平成四年賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の五五ないし五九歳の平均賃金である年収六〇五万七五〇〇円の約一・二倍程度の年収の日額にあたる二万円をもつて相当と認める。

二万円×三四九日=六九八万円

5  傷害慰謝料(二〇〇万円) 一二〇万円

前記認定の原告の傷害の内容、程度、治療状況などを総合すれば、傷害慰謝料としては、一二〇万円を相当と認める。

6  後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料(一〇〇万円) 一〇〇万円

前記認定事実によれば、本件事故と因果関係のある原告の後遺障害を裏付ける所見は、前庭機能検査及び聴力検査における異常所見のみであるところ、いずれの検査も原告本人の意思が介在する検査であり、また、後述のとおり、原告の後遺障害には心因的要因の影響などがあることに鑑みれば、原告の後遺障害は局部に頑固な神経症状を残すものとはいえず、せいぜい、局部に神経症状を残すものとして、等級表の一四級一〇号に該当するにとどまるというべきである(鑑定の結果も同旨である。)。

そして、右後遺障害が労働能力に与える影響とその存続期間などを考慮すれば、原告の後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料の合計額は、一〇〇万円をもつて相当と認める。

7  寄与度減額

鑑定の結果によれば、バレ・リユー症候群は、頸椎捻挫で発生する一次性(外傷性)のものと、その後の心因性ストレスにより発生する二次性(心因性)のものとに分けられ、心因性の原因は種々のストレスや被害者意識などが考えられており、患者個人の心理や性格が病像に何らかの影響を及ぼしている可能性が指摘されているところ、原告は、本件事故当時、労災事故による腰部治療中で、日額三万九〇〇〇円ほどの休業補償給付を受領していたこと(したがつて、原告は、本件事故により休業せざるを得なくなつても、一定の補償を受けることができた。原告本人、弁論の全趣旨)、前記認定の本件事故態様、本件事故後の原告の症状の内容、程度、治療状況など、本件に顕れた一切の事情を総合すれば、本件事故によつて生じた損害には、原告の心因的要因が大きく影響している可能性を否定できないから、損害の公平な分担という損害賠償の理念に照らし、民法七二二条二項を類推適用して、その損害額の五割を減ずるのが相当である。

8  過失相殺の可否について

また、市営バスにおいて立つている乗客は、急停車などの衝撃により転倒するなどして受傷しないよう、車内の安全設備を利用するなどして自己の安全を図る義務を負うといべきところ、原告本人によれば、原告は、本件事故当時、被告車内の座席の手摺りを持つて立つていたことが認められるものの、前記認定事実によれば、本件事故当時、被告車内には数十名の乗客が立つていたところ、転倒するなどして受傷したのは原告の他七二歳の女性と六〇歳の女性と原告の友人の三名だけであり、その他の乗客は受傷していないこと、原告は本件事故当時五五歳であり、型枠大工を職業としていたことから、本件事故当時腰痛などの障害はあつたものの、体力的にそれほど衰えていなかつたと推認されることなどから、本件は、原告が手摺りをしつかりと持つてさえいれば生じなかつた可能性を否定できないから、原告には過失があると言わざるを得ず、本件事故態様、被告能登及び原告双方の過失の内容などを総合すれば、原告の過失割合は三割をもつて相当と認める。

9  したがつて、前記損害額の合計額である一〇二六万八六三〇円から寄与度減額により五割を控除し、過失相殺により三割を控除すると、三五九万四〇二〇円となる。

一〇二六万八六三〇円×〇・五×〇・七=三五九万四〇二〇円

10  弁護士費用 三五万円

本件事案の内容など一切の事情を考慮すると、弁護士費用は三五万円を相当と認める。

四  結語

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、三九四万四〇二〇円及びこれに対する平成四年五月八日(不法行為日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 松本信弘 佐々木信俊 村主隆行)

交通事故現場見取図

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